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マレーシア在住記 第14話 「リーダーの存在」最終回 [エッセイ]

マレーシアを語る上で忘れてはならないのは、1980年代から20年以上に渡ったマハティール政権の功績です。彼なくして現在の発展はありません。一国のリーダーは、かくも国の運命を左右します。


マハティール首相の代表的な政策が「Look East」政策です。
「East」として国の明言は避けていますが、これは明らかに日本を指します。遠い欧米ではなく、もっと近くに学ぶべき国がある。それが日本ということです。マレーシアが親日的なのは、この影響が大きいと思われます。
日本式の数々のビジネス、医療、文化を積極的に取り込み、マレーシアを飛躍的に発展させ、現在の姿にしました。特に90年代の急成長は目を見張るものがありました。

マハティールは長期政権にもかかわらず、クリーンなところもよかった。
自分の子供たちを日本に留学させ、退任した今でも、度々日本を訪れて講演会などしていますね。行きたいな。(^^)

40年前からこの国を見てきて、のどかで貧しかった姿が懐かしい。
今の若者はどんなかな。
しっかりマレーシアの未来を支えてくださいね。

(写真)
私もだいぶ大きくなって、帰国は目前です。
この後10年以上の時を経て、マレーシアは大躍進することになります。
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(おしまい)

長きに渡って読んでくださって、本当にありがとうございました。
どのお話が好きでした?(^^)

自分の体験を、蓄えている知識も交えながらエッセイに書くことは、身を少しずつ切り取りながらお見せしているようです。
書いていると夢中になります。喜んでいただけてたら嬉しいです。

また面白い読み物をいつかご提供できますよう。
ごきげんよう。さようなら。

マレーシア在住記 第13話 「日本のアニメの力、人の力」 [エッセイ]

1970年代、すでに日本のアニメは東南アジアに進出をしていました。
日本の「マッハGo!Go!」が、その頃のマレーシアでTV放映されていたのです。マレー語の吹き替えがおもしろくてゲラゲラ笑いながら見ました。

その頃日本では札幌冬季オリンピックがあって、「ジャネット・リン」フィーバーに沸いていたはずだけど、テレビ放送はなかったな。当たり前か…マレーシアだから。(出場してない)

マレーシアでほとんどテレビをつけていた記憶はありません。番組も少なかったと思います。まだ現地の家庭に、テレビはあまり普及してなかったかもしれません。
漫画もなく、子供の娯楽は、外国人御用達のイギリスショップに売っている絵本、ぬいぐるみ、サッカーゲームくらいでした。

話がアニメにもどりますが、
その後は、一休さんやキャンディキャンディ、ドラゴンボール、ポケモンなど、日本の主なアニメはほとんど東南アジアに進出したそうです。

インドネシア人の友人によると、子供たちはアニメを通して日本に憧れ、かなり大きな影響を受けるそうです。加えて日本は裕福、というイメージも根強く、特に日本の男性は昔から東南アジア、東アジアでモテ[黒ハート]?ます。(裕福なだけではなく、優しくてカッコイイからですよ?^ ^)

最近では「けいおん」や初音ミクの影響で、特にタイ、シンガポール、マレーシアなどではロックアイドルになりたい女の子たちが急増中のようですね。
アニメの影響から日本語を学ぶ若者も多いですが、これもずいぶん前から。私の生徒さんにも多かった。

また最近は日本人のような名前やニックネームをつける人もいます。「?子」「?ko」と名乗るアジア女子を目にするようになりました。
「?子」は、古代 (神武天皇の時代) から日本女性だけが持つ名前の大きな特徴なんですけどね。それだけ憧れてくれているということでしょう。

ASEANの調査でも、2014年東南アジアが最も信頼している国は、日本が1位となっています。(2位のアメリカと大差です)
これはもちろんアニメの影響だけではなく、日本製品、日本車、その他東南アジアに関わってきた方々、お一人お一人の地道な功績の積み重ねだと思います。(←これが一番言いたかった!)

私のお友達にも、東南アジアと関わったお仕事をしている人がたくさんいます。皆さん、お仕事ご苦労様です。
ありがとう(^_^)

そういえば、日本人だって少し前までアメリカやイギリスなど、欧米の先進国に強烈な憧れを抱き、一生懸命マネをしていました。きっとそれと同じようなことでしょう。

(写真)
ペナンヒルから、ペナンの街を望む。対岸に見えるのがマレーシア本土。すごく近いですよ。
この頃はフェリーで往来したけど、今は橋が架かっています。
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最近の『カフェごはんプレート♪』 [メニュー]

お久しぶりです。皆さま。[わーい(嬉しい顔)]
現在カフェレイラのプレートセットのメインは「豚ロースのしょうが焼き♪」
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今、生姜が香り高くてみずみずしくて、とってもいいんですよ。擦り下ろしてたっぷり含ませています。
体を温めてくれる生姜は冬こそ食べていただきたい食材です。
明日も明後日も、しばらくしょうが焼き!(この機会を逃すと、ローテーションからして次の登場は秋です。)
1月いっぱいくらいまでです。

そして、小松菜はお好きですか?
実は小松菜にはカルシウムがたっぷり[exclamation]
毎日お菓子を食べたり甘いドリンクをよく飲む方は、こういう食べ物もしっかり摂って、カルシウムを補いましょうね。
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男性も女性も、子供さんも妊婦さんも、たくさん食べてほしいな〜(*^^*)
「小松菜とほうれん草のバター炒め」はプレートの副菜。地味ですが、あなたの体を支えます[黒ハート]。。(写真は10人前)


2015年お正月♪ [レポート]

みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もカフェレイラと、わたくし玲子をよろしくお願いいたします[黒ハート]

書き初めました。今年は「広」!
いろいろな可能性の扉を開き、もっと外に向かって広がっていく願いを込めました。
上手く書けたでしょ?
来年、再来年で「結、実」。
広がって→結果を出し→たくさんの実りがあるように。3年計画です。
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着物も久しぶりに着ました。
二重太鼓の結び方忘れました。誰か教えて…

初詣にも行きました。なんと大吉!![わーい(嬉しい顔)]

新しいことを始められて、素敵なことがたくさんあって、いい一年になりますように☆

マレーシア在住記 第12話 「アンマ〜」 [エッセイ]

1970年代、まだまだ貧しかったマレーシアの中で、最貧困の人々は本当に本当に貧しかった。
当時は乞食と言っていましたが、今はその言葉は使えるのかな…?(調べる)
あ、やはり使えない言葉になってますね。では「物乞い」と言いましょう。


マレーシアの入り口は全面飾り模様の鉄格子。時々物乞いが来て、その鉄格子から細い手を出して、
「アンマ〜、アンマ〜」
と、悲しい声で言うのです。
その姿は今の日本のホームレスの比ではありません。ガリガリに痩せてボロの布きれをまとい、裸足、髪はボウボウで顔も分からないくらいで、子供にとっては絵本に出てくるお化けにしか見えません。
私と弟はいつも「ギャー」と泣き叫びました。

私たちの叫び声を聞いて、お手伝いさんのスワトーおばあちゃんがサッと台所から出てきて、小銭を渡し、「行け!」というふうに追い払うのです。
「アンマー」はたびたび来ました。来るたびに「アンマーが来たー!」と叫んでソファの裏に隠れ、ギャーギャー泣きわめいていました。

20年前、20代でマレーシアを再訪問した時、まだ街中に力なくうずくまっている「アンマー」を見ました。
お茶碗に小銭を入れたらニッコリしました。

実は「アンマー」とは「アマ」、マレーシアで「お手伝いさん」のこと。私たち日本人はお手伝いさんを「アマさん」と言っていました。

だから、物乞いさんが入り口で、
「アンマ〜、アンマ〜」と言うのは
「お手伝いさ〜ん、お手伝いさ〜ん」と呼んでいたんですね。

(写真)
弟の2歳の誕生日。
「アンマ〜」のような人もたくさんいる中で、ケーキを食べられる幸せ。そんなことは考えもしなかった5歳です。
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マレーシア在住記 第11話 「子供のパーティー大人のパーティー」 [エッセイ]

パーティーは豪華です。この頃の日本人の社交場は基本的に、現地流ではなくイギリス流に習っています。

子供の誕生日パーティーの時、主役(の親)は、庭に遊具を借り、たくさんのおやつ、宝探しゲームなどお楽しみの準備。招待者もドレスやなるべく特別な服を着ます(特に女の子は*^^*)。 女の子はみんなお母さんの手作りのドレスを持っていました。

大人のパーティーは夫婦同伴が原則で、父は会社のパーティーなどに必ず母を連れて行っていました。
夫婦同伴は会社の命令でした。

女性はロングのイブニングドレスが基本です。着物を着ることもあったようです。着物はドレスコード1級品ですから、自分で着れるようになったら世界のどこの社交場にも行けますよ(^^)
男性は、南国なのでタキシードの代わりにマレーシアの民族衣装であるバティックのシャツなどでも可。

男性が一人で公式なパーティーに出席というのは原則タブーなので、もしも独身であればガールフレンド(彼女)を連れて行くのでしょう。
ガールフレンドがいなければ、妹や女友達など、気軽に代役を頼める人をリストアップしておく必要がありますね。

そうそう、独身やもめだった小泉元首相は外交で海外に行く時、どうしていたと思いますか?
実は福田官房長官の奥方をレンタルしていたんですよ(^O^)!国際的な社交場では、どうしても女性同伴が求められるのです。
現皇太子も、独身だった時に、海外の王族の女性などを同伴して、どこかの晩餐会に出席などしていました。

日本では(アジアの他の国でも)なかなか身につかない習慣ですが、世界ではそういうものなんですよ?。世界の社交場の気分を妄想してくださいませ♪ フフ
(だからやっぱり英語もっとやっとかなきゃ…って、すぐその気になる、この素晴らしい妄想力!^ ^)

「ハリーポッター」を観れば分かりますが、イギリスでは(おそらくアメリカも) 子供でも16歳くらいから、学校主催などの公式なパーティーでは、男の子が女の子を誘いカップルでなければなりません。これは将来、大人の社交場に出るための訓練でしょう。
ハリー達は誰を誘うか、女の子は誰に誘われるか、ドキドキしてましたね。
そして女の子はうんとドレスアップして、男の子にエスコートしてもらう。そこで社交場のマナーを身につける…素敵な訓練ですよね[黒ハート]?

写真は、私と兄の誕生日パーティーの様子(一部動画より)と、パーティードレスの母です。
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