So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

小倉から福岡へ出張~! [レポート]

福岡市のノース天神です。
014 (800x600).jpg
年に数回しか会えないカフェ仲間と会えるのも、福岡で出店する楽しみ[揺れるハート]
016 (800x600).jpg
017 (800x600).jpg
徹夜で顔はガタガタ。でも疲れも吹っ飛びます!楽しかった~♪[るんるん]

みんな頑張ってる。私も目標を高く持ち、がんばるぞ![手(グー)]


マレーシア在住期 第7話 「村の風景」 [エッセイ]

町を一歩出ると…そこには電気・ガス・水道のない生活が、当たり前のようにありました。(1970年代の話です)
マレーシア本土です。

002 (800x600).jpg
現地の女性達が洗濯をしています。
川ではありません…海です。海水です。(本当は動画です)
このあと男性が同じ海で歯磨きを始めます。
再度ですが、海水です。さすがに父も「うへ!」と驚き、衝撃的すぎたのか映像がありません。

003 (800x600).jpg
004 (800x600).jpg
水牛です。農作業は水牛でした。そして少年は浜辺で牛の散歩です。日常の一コマです。

023 (800x600).jpg
天然のゴム林です。ゴムはマレーシアの重要な産業の一つです。スズも採れるからスズ製品はいいお土産になりますよ☆

005 (800x600).jpg
関係ないけど、父と私です。6才。私はとても落ち着いた子供でした。
「おとなしすぎてどこにいるのかわからん」とよく大人たちに言われました。そう言われるのは好きじゃなかったけど、持って生まれた性格はそうなんですねー。
だからのちに、自分で性格を変えました。

マレーシア在住期 第6話 「ジョージタウン」 [エッセイ]

002 (800x600).jpg
父が撮った1970年代のマレーシアです。あぁ、懐かしい。まだこんな風景は残っているかなぁ。
ここはペナンの繁華街、George townです。植民地化当時のイギリス国王の名が付けられました。たくさんの華僑やマレー人、インド人の商店が並んでいます。
まだ、この頃のマレーシアにはスーパーマーケットやデパートはありません。本土も同じだったと思います。買い物は全て、商店と市場のみです。この10年後くらいに、ヤオハン、イトーヨーカ堂などが東南アジアに一斉に進出します。

市場では生肉がワイルドにぶら下がっています。「生肉+冷蔵庫なし+南国マレーシア」つまり…すごく…くちゃいー(>_<)
003 (800x600).jpg
鶏は注文すると、首をひねって落とします。うぁーん(>_<)
004 (800x600).jpg
私は「オレンジ買ってくる!」と、いつも華僑の大好きなオレンジおじさんのところに逃げていました。今見ると、おじさんかわいい(^^)
005 (800x600).jpg

(おまけ☆華僑豆知識)
世界中に渡ったと言われている華僑ですが、先進国の中で一つだけ華僑が根付かなかった国があります。
それはどこでしょう?

答えは
ド・イ・ツ

ドイツの生真面目な国民性と合わなかったのでは、と言われています。
社会科の勉強になる?(^^)

関係ないけど、庭での写真です。何のポーズかな。5歳
028 (600x800).jpg

マレーシア在住記 第5話「は虫類、害虫類パラダイス」 [エッセイ]

マレーシアは赤道直下だから、これは現在でも覚悟しなくてはなりません。
ゴッキーは巨大です。ネズミは猫サイズで、人もかじられたら大怪我をします。


マレーシアには網戸というものがありません。窓も入口も鉄格子。1970年代当時、冷房はまだ普及していませんでした。
一日中吹きさらしですから、虫は入り放題、は虫類も入り放題!
夜になると、部屋の壁にトカゲは当たり前。たまにヘビが入り、蚊にはじゃんじゃん刺されます。

蚊取り線香もムヒもありませんから、全部日本から持ち込みです。
でも切れた…ムヒが切れたー!(>_<)
そんな時、タバコの灰をつけるといいんですヨ♪
当時父がタバコを吸っていましたから。指をちょっとなめて、灰皿の灰をすくい取り、刺されたところにぬりぬりすると、かゆみがピタッとおさまります。

041 (800x600).jpg
庭でかわいいアヒルを飼っていたのですが、巨大なドブネズミに食い殺されてしまいました。
マレーシア、シンガポールは200年前イギリスの手が入るまではジャングルでしたから。生き物と虫にはご注意を。

この写真、ボカし必要?

マレーシア在住記 第4話 「ムトウとムトゥ」 [エッセイ]

インド系のおじさんが私の父に言ったそうです。
「あなたはムトウ。私もムトウ。同じ」(^^)
ムトウさん、インドでは一般的な名前なんですって。へー…


と思って30年後。
「ムトゥ 踊るマハラジャ」ってインド映画が流行りました。あ、ほんとだ。ムトゥ…びみょうに違うけど。

045 (800x600).jpg
こうやってインド系の子供たちによく取り囲まれました。
原因はカメラ。実は当時カメラが珍しかったらしく、写りたくて仕方ないのです。わらわら寄って来て…どうしていいかわからず、この表情です。

020 (600x800).jpg

(おまけ☆ 混血の話 )
左から二人目の子は、きっとインドとマレーの混血ですね。

マレー、中国、インドの3民族が、交わることを避けているようにも思えますが、やはり年月をかけて混血になっていきます。
中でも、中国×マレーの混血が一番多いと思います。もう純血の華僑は少ないんじゃないかなぁ。20年前に再度訪れて思いました。
マレーとも中国ともとれる複雑な顔、それこそが新しいマレーシア人の顔なんですよね。

(ちなみに)
ムトウはムトゥと全く関係ありませんから。
武藤は藤原の流れです。(武藤だけじゃなく、◯藤さんって、たいていそうなんですって)
純日本人です。(^^)ヨロシク。

マレーシア在住記 第3話 「お手伝いさん」 [エッセイ]

マレーシアでは、現地人のお手伝いさんを2人雇っていました。
1人は、三食のお料理。
もう1人は、お掃除、お洗濯と、私と弟のベビーシット。
外国人が現地人のお手伝いさんを雇うのは一般的でした。まだマレーシアの物価はケタ違いに安かったので、日本人にとっては破格で雇え、また現地の女性にとっても、いい働き口だったようです。


お料理担当のキムは50歳くらい。真面目でお料理も美味しいので、みんなキムの味が大好きで、ずっと働いてもらいました。

問題はベビーシッター。
最初は20歳くらいの、髪の長いきれいな中国系の女の子が来ました。
しかしそのベビーシッターは、母が外出すると、いつの間にかいなくなるのです。赤ちゃんだった弟も消え、広い家に、私はおやつももらえず一人取り残されました。
くる日もくる日も、気がつけば一人家に取り残されました。

ある日、「わーん!」と弟の大きな泣き声が聞こえました。「隣だ!」と気がついて、私は庭のバナナの木によじ登り、隣の庭をのぞきました。
隣は富裕層の中国人が住んでいました。庭では女性たちがわいわいしゃべりながらお茶をしていました。その中に弟がキョトンとしていました。
うちのベビーシッターはそこの住人と仲良くなり、毎日そこでサボっていたのです。
私は「弟が叩かれるかも…食べられるかも…」(←子供の発想です)
と不安になって、バナナの木にしがみついて見ていました。
「でも見つかったら怒られる。…こわい」
そこで木から下り、また上り…を繰り返しました。4歳の頭では、そうするしか思いつきませんでした。

そして母が帰ってくる前に、そのベビーシッターはちゃっかり戻っていました。
おねーちゃん、日本ではそういう人を「タヌキ」って言うんだぞ!
子供なりに複雑な気持ちでしたが、私はこのことを誰にも言いませんでした。
まもなくそのベビーシッターはクビになりました。(紹介所で代えてくれます)

その次に来た若い女性もやっぱりダメで、最後におばあちゃんのような、マレー系の女性が来ました。
スワトーといいました。スワトーおばあちゃんは、私たちを「孫のようだ」と可愛がってくれ、よく手作りのお菓子を作ってくれました。
ある日スワトーがあぐらをかいて何かこねて作っているので、「それなに?」と聞いたら「Banana cake!」とこたえました。甘い匂いがオーブンから漂いました。

私はスワトーが大好きになり、スワトーも私たちが帰国するまで長く働いてくれ、帰国の日は泣いてくれました。

年齢から考えて、もう亡くなっているでしょう。もしも生きていたら、100歳くらいです。
スワトーに会いたい、と20年くらい前に本気で思いましたが、探す手立てもありません。

レイラのバナナケーキは、懐かしいスワトーのバナナケーキの記憶です。


(写真)
自宅の外観です。ここはEight Midland Road 何番地とか言ってたと思います。
私が登って隣をのぞいたバナナの木は裏庭にあります。
032 (800x600).jpg

私は弟を子分のようにしていた記憶しかなかったのですが、可愛がってもいたようです。

マレーシア在住記 第2話 「クラス」 [エッセイ]

進級が子供によって違うので、同じクラスに2つ3つ上の子もいました。
勉強の内容は、九九を12の段までやったのを覚えています。(英語です)
さすがに5、6歳の頭には難しかったです。
当時、マレーシアはまだ12進法が使われていたので、必要だったのです。


クラスのグランド側には壁がなく、芝生と木々の緑の風に吹きさらされて、気持ちが良かったな。
044 (800x600).jpg

体育の授業の代わりに、木陰の芝生でハンカチ落としゲームをしたり、クッキーの早食い競争をさせてくれたりしました。

大好きだったクラスのお友達は、エンドゥーリヤ。顔立ちからしてスパニッシュ系。私より年上でよく可愛がってくれ、チュッチュとしてくれるんですね。(*^^*)グフっと嬉しかった。

教室の一番奥が私。(目つぶってる)
手前右端の、褐色の肌の子がエンドゥーリヤ。
クラスに日本人は私だけ。インド系の子は、インド系イギリス人ではないかと思います。東洋系の子もいますが、現地人ではありません。

もう一枚は、私の6歳の誕生日。日本人のお友達や、学校の仲良しを招待しました。右の金髪のドレスの子はイギリス人のセーラ。この子も私は大好きでした。
エンドゥーリアは、住んでる町が遠くて、誘えませんでした。
042 (800x600).jpg

つづく。

マレーシア在住期 第1話 [エッセイ]

昔、マレーシアに住んでいました。この話はしたことがなかったですね。少し記憶を掘り起こしてみる気持ちになりました。
何か鼻についたらごめんなさい。でも事実ですから。
そして私の大切な思い出です。

少しずつお話します。
読んでいただけたら嬉しいです。


(マレーシア在住記 第1話)
1970年代、父の転勤で2年間マレーシアのペナン島に住んでいました。
日本人学校はまだなく、St.Christphers Schoolというイギリス系のインターナショナルスクールに通いました。
当時、イギリスから独立して間もないマレーシアは、今のような発展はまだ全くなく、雑多な国でした。
衛生面も悪く、川や海で洗濯をしたり歯を磨いたりする人もいて、町中でも人々は粗末な暮らしだったように思います。

ペナン島はイギリス支配時、イギリス人のための保養地として開発された島でした。なので、本土の首都クアラルンプールよりずっと治安も衛生面もよく、駐在員は家族達をペナンに住まわせ、自分たちはフェリーで本土に通勤していました。

多民族国家のマレーシアは、マレー系はマレー人の学校に、インド系はインド人の学校に、中国系は中国人の学校に、とそれぞれの民族の学校に通い、それぞれの集落で生活をしていました。

私たち海外からの駐在員の子達は、そのどれにも通わず、インターナショナルスクールに通いました。居住地も主に外国人が暮らす住宅街で、マレーシア人との接触は限られた人(お手伝いさん、水泳教室の先生など)だけでした。
なので、マレーシア人の生活に足を踏み入れたことはありません。住む世界が完全に別でした。

父によると、当時マレーシア人は労働に対する意識も低く、目を離すと働かないので苦労したそうです。
そのことは、小さかった私も思い知ることになります。

まだ「発展途上国」とも呼ばれていなかったマレーシアには、様々な国から技術支援などのため駐在員が集まり、その子供達が通う学校は人種のるつぼでした。

クラスで成績が良ければスターバッジがもらえて、早く進級できます。日本人の子はだいたい進級が早かったようです。
兄弟揃ってスターバッジがもらえたから、自宅で記念に一枚。この時私は5歳。もう普通に勉強していました。
046 (800x600).jpg

4歳の時に、英語なんて全然わからないままクラスに放り込まれて、最初はテストで 0点ばかりとっていましたが、その意味もわからず、学校は毎日楽しかった!
学校にはエリザベス女王夫妻の写真が飾られていて、イギリス人の女性校長先生はよくキャンディーをくれました。
学校が大好きでした。

英語はいつ覚えたのか、自分でもよくわかりません。小さかったから、すぐに慣れました。

つづく。

047 (600x800).jpg

かわいいおひざ掛けありますよ♪ [新着情報]

足元の冷える季節ですね。
レイラにはかわいいおひざ掛けご用意しています。ご遠慮なくお申し付けくださいね☆
ふわふわヌクヌク[るんるん]で長居してくださいな。
001 (800x600).jpg

レイラのクリスマス☆ [お店の中]

クリスマスの準備は着々?
レイラはクリスマスのクッキーもかわいく焼けて、ツリーも飾りも準備万端ですよ
008 (2)s (800x600).jpg
005 s (800x600).jpg
004 s (800x600).jpg

12月から毎日素敵なクリスマスソングをかけますね[るんるん]
カーペンターズ1978年の名盤「クリスマス・ポートレイト」があります。
ノーマン・ロックウェル画のアルバムジャケットもステキでしょ。
無題.png

レイラに一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界…[ぴかぴか(新しい)]

そんな幸せ気分いっぱいの12月にしますね[ハートたち(複数ハート)]

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は180日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。